9.5.10

28/04/10 新隊員着任

水曜日。

月曜日。2学期の始業開始の日。その日に、新たなボランティア2人が、マヌスに、我が家にやってきた。これから残りの任期、来年の6月まで彼らと共に暮らすことになる。嬉しくも悲しくも一か月の一人暮らしは終わった。

空港まで出迎え。私の提案とYさんのセンスで段ボールで小さな看板「ようこそマヌスへ!」を作り、掲げた。自分がPNG、任地に来たときと他の任国の話の間のギャップに少し悲しみを覚えた記憶があったから。PNGでは特に歓迎会もボランティアは企画する習慣もなく、それどころかボランティア同士の仕事さえも適切に説明されない。PNGのボランティア事情は特殊で、JICAの協力隊派遣国で唯一男性限定の国なのだ。それはその国の治安の悪さが故である。そう言う訳で、今回来るのも当然男性なのだが、私はしっかり歓迎したかった。来てよかったと思って欲しかった。たとえ不器用でも。

その後昼食は唯一のレストランがあるホテルで。このような接待にYさんも私も全く不慣れでであったが。Aさんと、Kさん。お二人とも私より年上で、社会人経験もあり、大人だった。その後、Yさんは帰った。そして、街・・と言ってもとても小さいものだが簡単に案内した。この国のことだって分からない、そんな中で暮らしを始めるのだから大変に決まっている。それでも、二人が働くことになる州政府の人は、「明日7時半ね」と当たり前のように言った。私のときもそうだった。引っ越してきて落ち着くのに数日つかっても良いだろうにな、と思った。それを彼らも気付いたようだが、要求しないあたりが、日本人らしい気もした。買い物にマヌス唯一のスーパーマーケット、中心の市場、先月グランドオープンした薬局に案内した。しかし、スーパーは荷が無いらしく、米も小麦もマーガリンも売っていなかった。2人はさぞ行く末が不安だと思う。貧弱な料理だが、私の日常食、炊き込みご飯を振る舞った。

 

火曜日。授業が始まった。まだ、休みから学校に戻ってきていない生徒も多かった。しかし、授業を進めた。近所の小学校の教員向け理科講習会の日程を話し合って、再来週に決まった。少しづつ、でも確実にできること、したいことが出来ていることがすごくうれしい。自分の能力で、自信を持って、人を幸せにできること。

 

水曜日。AさんもKさんも住居の改善にすごく積極的である。私は、一年弱過ごしたせいか、様々不満があっただろうが、適応してしまっている。雨漏り、ドアが閉まらない、床が抜けていること、洗濯機が壊れていること・・エネルギーがあるときにしか、人はやらない。これは真実だと思った。今の私は、それらが改善されたらいいなと思いながら、簡単に妥協してしまっている。むしろ、二人に満足のできる家を見せられなかったことが残念だったくらいだ。

彼らは州政府で働くという特権を活かして、苦情を伝えている。我が家を管理することになっているのは州政府のなのだ。自分はすぐに、とてもいい家に住んでいるよ、なんて言ってしまう。不満無きところに改善は無いということだ。

学校の音楽の先生に、バロック音楽のギター用の楽譜を見せたらとても喜んでくれた。バロック音楽がカリキュラムにあって、教材が無いから。しかし彼は、必要なときにコピーさせてもらいに行くからそれまで、持っていてくれと言った。自分の部屋は生徒が頻繁に入って物が無くなるからということだ。

 

2人はまだ何もしていないのに疲れてしまう、と言っていた。痛いほど分かる。何故か自分でもわからない。気候のせいか、言葉のせいか、価値観の違いのせいか・・とにかく私も食が大きくなったし、睡眠時間も増えたし、それでも体調が万全でないことも頻繁にあって・・・馬鹿にされるかもしれないが、2年間生き抜いただけでも立派なんじゃないかなと私は思う。

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